元看護師、イングランドでサッカーにコミットする

気づけば、2025年も残すところあと1カ月半となりました。今年のロンドンの秋は割と暖かかったのですが、11月後半に入った途端、一気に気温が下がりました。いよいよ冬が本気を出してきた感じがします。

さて、今回の記事では、football@ukで女子サッカー留学を担当するスタッフの石井茉莉絵(まりえ)さんをご紹介します。

渡英前の石井さんは、フルタイムの看護師として目まぐるしく働いていました。忙しい日々の中での息抜きは、子どもの頃からずっと続けてきたサッカーでした。しかし、膝の手術ををきっかけに、サッカーに対する本当の想いに気がつきます。

「もっと、サッカーがしたい。もっと、サッカーに関わりたい」

その気持ちを満たすために仕事を辞めて、サッカーの母国イングランドへやってきました。そして今、選手として、アカデミースタッフとして、サッカー中心の毎日を送っています。
イングランドでのサッカーは、初めは思うようにいかないことばかり。生活も決して楽ではありません。それでも石井さんは「今の環境に満足している」と言います。石井さんのイングランドでの生活は、どのようなものなのでしょうか。

プロフィール
■石井 茉莉絵(いしい まりえ)
1995年生まれ、神奈川県川崎市出身。
小学5年から大学4年まで、川崎フロンターレの女子アカデミーに所属。中高生時代はフロンターレと並行して、学校のフットサル部にも所属。
医療系大学に進学。卒業後は、看護師として8年間、手術室や高度救命救急センターに勤務。フロンターレは退団するも、地域のクラブチームでサッカーを続ける。
2024年に病院を退職。YMSビザを取得し、同年8月に渡英。現在は、西ロンドンの女子チームActonians WFCのThirdチームに所属。アマチュア契約のため、チーム練習や試合以外の時間は、日系サッカーアカデミーでの事務や、フットボールサムライアカデミーで女子チームのコーチングに従事している。

家族に影響され、サッカーを始める

私はサッカー家族で育ちました。弟がサッカーを始め、父は弟のチームでコーチを務めるようになります。母が弟と父の送迎をしていて、練習や試合のある日には3人で出かけ、私は一人で留守番でした。いつの間にか母もママさん向けのサッカークラスに通い始めるようになり、家族みんながサッカーをしている状況に。
小学5年生の時に「マリエもサッカーやればいいじゃない」と母に言われます。家族みんながサッカーを楽しんでいる姿に影響され、「じゃあ私もやってみようかな」くらいの軽い気持ちで始めました。

私は川崎市出身で、家族全員が川崎フロンターレサポーターです。母が通っていたママさんクラスも、私が最初にサッカーを始めたのも、フロンターレでした。当時、女子チームができたばかりでセレクションはなく、今のようにスクールとアカデミーもわかれていませんでした。

中学高校は、6年一貫教育の女子校に進学。残念ながらサッカー部はなく、代わりにフットサル部に所属します。部活の練習は毎日ではなかったので、部活と並行してフロンターレでのサッカーも続けていました。

選手を支える人になりたい

中学生の頃までは、将来は「プロサッカー選手になりたい」と思っていました。けれど、ある時期から部活仲間と自分を比較したときに、「サッカー選手になるのは難しい」と感じはじめます。技術面でも気持ちの面でも、みんなについていくことができていなかったんです。
また、高校生の時に半月板を損傷してしまいました。当時は手術するほどではありませんでしたが、あとになってこのケガが、自分のサッカー人生に影響します。

「サッカー選手になれなくても、何らかの形でサッカーに関わっていたい」という思いがあり、幼い頃から看護師に対しての憧れもありました。「看護師として選手を支えることができたらいいな」と考え、医療系の総合大学に進学します。
大学に入ってからも、サッカーは継続していました。学業との両立はもちろん大変でした。けれど、フロンターレという学校以外の”自分の居場所”があることは、私にとって心の拠り所でもありました。

看護師はやりきったが、サッカーには心残りがあった

大学卒業後は、看護師として働き始めます。フロンターレには大人のチームもあるので、そのまま続けることもできました。けれど、高校生の時にケガをした膝の状態があまり良くありませんでした。結局、フロンターレを辞めて、少しレベルを下げた地域のクラブチームに所属します。仕事がどんなに忙しくても、大好きなサッカーを辞めようと思ったことはありません。週に1、2回の練習が、仕事の合間の息抜きにもなっていました。

しかし、練習強度を落としても、膝の状態は悪くなる一方。医師からも「どんなレベルであれ、サッカーを続けたいならば手術をしたほうがいい」言われました。自分の中にはサッカーを辞めるという選択肢はありません。別の病院に移るタイミングで仕事が落ち着いていた時期に、膝の手術を受けることにしました。

手術を受けたことで、サッカーに対する気持ちに変化が起きます。それまでは「膝の調子が良くないから、強度を落として続けていこう」と思っていました。けれど、手術をして状態が良くなったのなら「もっとできる。もっとサッカーがしたい」という思いが湧いてきます。

看護師としてフルタイムで働く生活は、忙しくもやりがいがありました。職場が主に手術室や高度救命救急センターだったこともあり、とにかくがむしゃらに働いていました。ケガをしたスポーツ選手と関わる機会も何度もありました。リハビリにも携わったりして選手を支える人になりたい」という思いは、そこで実現できました。
目標をひとつ叶えたことで、やっぱり私は選手をサポートするよりも「自分が直接サッカーに関わりたい」のだと気がつきます。看護師としてはやりきったけれど、「サッカーをやりきった」という思いは持てていませんでした。サッカーに対する心残りがあったんだと思います。

母に背中を押され、渡英を決意する

もっとサッカーをしたい。けれど、仕事が忙しすぎて、具体的なことを考える余裕はなく、悶々とした気持ちのまま働き続けていました。

ある日、母から突然「イギリスに行ってみたら?」と勧められます。それまで、母が私の進路のことに口を出してきたことはありませんでした。しかし、急に海外行きを提案し、具体的なYMSビザの申請手続きまで進めていたので、驚きました。
母自身はアメリカの大学に通い、外資系でバリバリ働いていたタイプの人です。悩みながらも何も行動を起こさない私を見て「いつまでも悩んでいるくらいなら、思い切って一度海外に出てみればいい」と思ったのかもしれません。
母に背中を押され、せっかくチャンスがあるなら行ってみよう。心残りなくサッカーをしよう」と、イギリスに行くことを決めました。看護師として十分働いた自負があったから、仕事を辞めることに後悔はありませんでした。

渡英して最初の1カ月は、イングランド南部のブライトンに滞在しました。母の知人がいて、その人の家にホームステイさせてもらいます。まずはブライトンでチームを探し、レクリエーションチームを見つけました。とりあえず練習に参加してみましたが、残念ながら私が求めているよりもレベルが低かった。他のチームも探してみましたが、納得のいくレベルのチームをブライトンでは見つけることができません。

ロンドンでActoniansに加入、イングランドサッカーを体感

Photo by Naoki Nishida


ブライトンでのホームステイ期間が終わるタイミングで、ロンドンに引っ越します。Football@UKには渡英前から問合せをしていましたが、ロンドンに来て、改めてチーム紹介を依頼しました。そして、現在所属している西ロンドンのチームActonians Womens Football Clubを紹介してもらいます。トライアウトを受けると、翌日には「契約したい」と連絡をもらえたため、すぐに加入を決めました。

ファースト、リザーブ、サードの3チームある中で、私はファーストチームに入ります。最初のうちは英語が全然わからず、コミュニケーションが取れませんでした。自分のサッカーレベルが高ければ、言語の壁も気にならなかったかもしれません。けれど、チーム内での私のレベルは低く、プレーでカバーすることも難しかったのが実情です。チームメイトともなかなか打ち解けられず、練習に行くことが億劫になることもありました。

試合では、フィジカルの差を痛感します。相手の身体が大きすぎて、まともに当たられると全く敵いません。話には聞いていたけれど、想像以上の差がありました。技術や速さで勝負できればよかったけれど、私はどちらも特に秀でているわけではありません。戦うための武器が足りませんでした。試合の出場機会もあまり多く与えてもらえないまま、シーズンが終わってしまいます。

ファーストチームからサードチームへの移籍で起きた変化

「私は何しにイギリスまで来たんだっけ?」と思い始めます。このままファーストチームで続けていくのは、フィジカル的にもメンタル的にも辛い。そう感じて、マネージャーに「チームを下げたい」と頼みました。「リザーブチームは人数が多いので、サードになる」と言われましたが、了承しました。ファーストからサードにレベルは下がったとしても、コンスタントに試合に出ることを優先したい。何より、「楽しくサッカーを続けたい」という強い気持ちがありました。

実際にサードチームでやってみて、フィジカル面でも技術面でも、ここが自分のレベルにフィットしていると感じています。ファーストチームでは途中加入だったため、既に出来上がっている人間関係に溶け込めませんでした。しかし、サードチームにはプレシーズンから加入したことで、チームメイトとも良い関係を築けています。練習や試合以外でも、Women’s Super Leagueの試合を一緒に見に行ったりすることもあります。今年のWomen’s EURO2025決勝は、チームみんなとパブで観戦して、大盛り上がりでした。今のチームに馴染めているのは、自分の英語力が向上したこともあると思います。
ファーストもサードも経験し、その違いを実際に感じたからこそ、自分に合った場所を見つけることができました。今の環境に、とても満足しています。

「サッカーにコミットしたい」を叶えた、人生で一番濃い1年

イングランドで外国人がプロ選手になるためには、代表選出歴が必要です。非常にシビアな世界で、ごく一部の人しかプロとしてはやっていけません。でも、私のようにアマチュアである程度のレベルでサッカーを続けたい人にとっては、良い環境だと感じます。様々なレベルのリーグ、チームがたくさんあり、自分の求める条件に合った場所を見つけられると思います。

正直なところ、イギリスは物価が高く、生活は厳しいです。電車が止まって仕事に遅れることもしょっちゅうで、日本にいるほうが経済的にも精神的にも不自由なく過ごせます。それでも、私は今のロンドンでの生活が自分に合っていると感じているし、満足しています。チームのレベル、チームメイトとの関係性、サッカーが文化として根差している今の環境が、心地良いんです。

幸いにも、今は選手としてだけでなく、アカデミーのコーチや事務スタッフとしても働く機会をもらっています。いつの間にか、生活の中心がサッカーになっていました。「もっとサッカーにコミットしたい」という、自分のやりたかったことができている実感があります。この1年を振り返ってみると、今までの人生の中で、最も濃い1 年でした。母に背中を押されてイギリスに来て、本当に良かったと感じています。

Photo by Naoki Nishida

“人生のキャリア”を広げるために、今ここにいる


YMSビザでのイギリス滞在期間は、残り10カ月です。その後のことはまだ何も決まっていません。可能であればイギリスに残りたい。しかし、ビザの取得が難しくなっている今、現実的には難しいと思います。イギリスに残ることができないなら、ドイツや他のヨーロッパの国に行ってサッカーをしてみたい思いもあります。今シーズン、チームに貢献し選手として結果を出せば、欧州他国へ行ける可能性も高まるかもしれません。そのためにも、今シーズンは死ぬ気で戦うつもりです。今後も、気力と体力の続く限りは、選手としてプレーし続けたいです。

サッカーキャリアとしてコーチを目指しているわけではありませんが、今、コーチングする機会を得ています。せっかくなら、チャンスのあるうちに指導者としてのスキルも高めたいと思っています。

「直接サッカーに関わり、選手として心残りなくプレーすること」を主な目標にして渡英しました。そして今、それを実現できています。けれど、“サッカーのキャリア”だけでなく、“人生のキャリア”を広げるために私はここにいるんだ、という意識を最近は持っています。

日本に帰ったら、イングランドで得たものを日本サッカーに還元したいです。自分の目で見て経験してきたことを、次の世代に伝えるようなことができればと思います。と言いつつ、日本に帰る選択肢は、今のところ最後ですけれど(笑)。

今の環境を変えたい人はチャレンジしてほしい

渡英前の私と同じように、今の生活に悶々としている人、環境を変えたいと思っている人、サッカーだけじゃなく、何かに迷っている人がいたら、ぜひイギリス留学にチャレンジしてほしいです。私はフルタイムの正規看護師でしたが、今はサッカー選手をしながらアルバイトをしています。180°の人生転換をしました。悩んでいた状況から一歩踏み出して、自分のやりたいことに向かって全力で進んでいます。それが誰かの励みになれば嬉しいです。

ちなみに、これからイングランドでプレーしたいと考えている人には、シーズン途中からではなく、プレシーズン(7月後半)から参加することをお勧めします。そのほうが、チームにスムーズに馴染めるのは私の経験上、間違いありません。
女子サッカー留学についての事前相談は、私が担当します。気になることはなんでも聞いてください。
一緒にロンドンで女子サッカーを盛り上げていく仲間をお待ちしています!

カリアゲしょうこ

ガンバ大阪のホームタウン大阪府吹田市出身の元奈良県民。ロンドン駐在5年目の一男一女の母。2024年The FA(イングランドサッカー協会) Level 1ライセンス取得。サッカースキルは初心者レベルながら「フットボールサムライアカデミー」で小学生女子チームのコーチを務める。インタビューライターとしても活動中。トレードマークはカリアゲヘア。

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